【生き方学】自分を愛せないときはこう考えてみる。

永松茂久生き方学
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永松茂久
by 永松茂久

今日から塾生たちの新コーナーである

「メンターの教え」

が本格的に始まった。

一応僕がメンター役ということで、うちの塾のコーチたち「NEXTイレブン」たちが執筆するらしい。

いつかこれも本になったらいいなと思う。

「斎藤一人の道は開ける」

というメンターの教えを書いて僕は出版界にデビューした。

まさかその自分が10年後、メンター役として描かれることになるとは。

ちょっと恥ずかしいけど彼らからの目線での生き方学もぜひ読んでみてください。

今日の著者は来年出版が決まった立川エリカ。

記事はこちらから。
↓↓↓
【メンターの教え 立川エリカ編】大丈夫、必ずうまくいく。

 

 

さて今日の本題。

ここ10数年くらいはやってきた言葉だけど、僕は「自分を愛する」っていう言葉がなかなか馴染まない。

ちょっと恥ずかしい気分になる。

「自分をもっと愛そうよ!」

「そうだね。うん、そうだよね。愛す!」

なーんてやり取りを聞いてると、その場から退場したくなる。

 

武道の世界ややんちゃな小僧たちばかりの中で育ち、

「男とはこうであれ」

とか

「自分のことばかり考えるな」

みたいな空気が当たり前な九州育ちゆえなのだろうか。

 

こんなときはこう考えてみたらどうだろう?

「自分」という部分を「自分の人生」に変えてみるのだ。

 

「意味一緒やん!」

って突っ込まれるかもしれないけど、日本語って不思議なものでほんのちょっとの表現でニュアンスが大きく変わってくる。

不思議なもんで、「自分」っていうより「自分の人生」

って言ったほうが不思議と馴染むような気がしてくるのだ。

これは僕だけだろうか?

とにかく僕は「自分を愛する」はちょっと恥ずかしいけど

自分の人生は大切に思ってる。

 

 

「自分か他人か?」

このバランスは難しい。

あまりにも自分のためばっかりに生きてると、まわりから相手にされなくなる。

だからといってあまりにも自分を抑えすぎてると、今度は自分がいやになってくる。

難しいのは当たり前。

だって人間関係の中で生きてるんだから。

例えばゴミを捨てないとか、行列の順番は守るとか、最低限、社会の中で生きてる以上はある程度の決まりや人に迷惑をかけないくらいのマナーを身につけとくことくらいは大切だと思う。

ここを守らずに

「自分を愛してますから」

って胸を張ってると、だんだん自分の周りから人がいなくなって、寒い風にさらされてしまう。

 

ただだからといって、アホみたいに謙遜ばかりしてるのも、失礼。

人に対しても、そしてがんばって生きてる自分に対しても。

このバランスは難しいけどつまりは

「自分の人生に誇りを持って生きよう。そして相手の人生を大切にしよう」

ということ。

誰だって、いまどんな立場に立っている人だって、みんなそれなりにがんばってきたんだ。

あなたが自分の人生が大切なように、目の前にいる人も、遠くにいる人もみんな自分の人生が大切なのだ。

人を大切にする人は当然自分自身も大切にされる。

 

そう考えると、人と自分に境界線を持たず、自分と同じように人も大切にすることが、結果的に本当の意味で

「自分の人生を愛する」

ということに繋がるんだと思う。

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