【生き方学】「心を磨く」ってダメなことですか?

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by 永松茂久

昨日の夜中、たくさん注文をいただいた本のサインを書かせてもらった。

そのあと、手伝ってくれた塾生たちと未来会議をした。

この中で

その塾生がコーチングをしているクライアントさんが

周りの人から

「心の勉強なんかしない方がいい」

と反対されて悩んでいるという話が出た。

 

ということで今日は

「心を磨くということ」

についてあなたと一緒に考えてみたい。

 

戦後、日本人が大切にしてきた「修身」という科目がなくなった。

そしてその言葉は「道徳」という科目になった。

けど、僕の記憶の中では「道徳」という時間は

週に一回、先生が全く何もせず生徒に勝手に何かをさせる自由時間

という認識だった。

 

「あの科目はなぜいつも自由時間だったんだろう?」

と不思議に思う。

文部省がそうお達しをくだしていたのだろうか?

何かの権力がそうさせていたのだろうか?

まあ、いずれにせよ、この道徳という科目は、学校が全く力を注いでいた記憶がない。

 

でも、実際、この分野を軽く扱ってしまったからこそ、たくさんの人が生き方に迷ってしまってるんじゃないか?

 

 

たこ焼き屋で起業して2年経った27歳の頃、僕は啓発の勉強を始めた。

理由は

「経営をうまくいかせるために自分を変えたい。いまの状況からいち早く抜け出したい」

という情けない理由。

いきがって起業してはみたものの、またたくまに人生に迷ってしまい、知覧に行ったことがきっかけだった。

 

「どうしたの?何かにはまったの?」

「心を磨くなんてなんかあやしくね?」

 

学び始めたとき、こんな感じで人から変わった目で見られた時期があった。

啓発とは自分を磨いてやる気にスイッチを入れることだったり、人格を磨いていい人生を作っていくということ。

これ、なんかおかしいのかな。

 

僕たちはみんな人と人との関係性の中で生きている。

人間関係で悩んだり、人間関係で支えられたりしながら生きている。

「人とは何か?」

「どうすればいい人生を送れるのか?」

ということを学び、考えるということは直接自分の人生のプラスになる。

 

 

数年前、こんなことがあった。

講演のとき、一番前で一生懸命聞いてくれた人が、二次会で僕のところに来てくれて涙を流し始めた。

「感動してくれたんだ」

と心の中で喜んでたら残念ながら理由が違った。

その人が流していたのは悔し涙だった。

 

その理由はこうだった。

その人は一生懸命勉強して日本でトップの大学を卒業した。

けど社会に出たら、人間関係がまったくうまくいかなくて、会社を辞めてしまい、人からのすすめで僕の講演に来てくれたらしい。

 

彼は言った。

 

「『自分が超エリートだったと思っていたのに、何で今この場所で、たいして勉強していないたこ焼き屋ふぜいの前に自分は座っているんだ?』と思ったら、自分のやってきたことが無駄に感じてしまって情けなくなった」

 

ということだった。

 

その話を面と向かって言われたので

「ストレートですね」

と思わず笑ってしまったが、同時に複雑な気分になった。

それは僕が「たこ焼き屋ふぜいに」と言われたことではなく、教育に対して。

もし、啓発という教科が進学の必須科目で、その彼が勉強してきた途方もない時間の3分の1でも当てていたら、話を聞いていたのは確実に僕の方だったと思う。

 

振り返れば、僕はかなりやんちゃな方だった。

人に言えないやっちゃったしくじりもたくさんある。

ただ、あまり勉強はして来なかったけど、環境の中で人間として大切なことをたくさんの大人から教えてもらってきたような気がする。

いや、確実に教えてもらってきた。

うちの両親や少林寺拳法の先生、社会に出てあったメンターたちが特に「人の道」に厳しい人たちだったおかげで、まだなんとかやってはこれたけど、もしそれがなかったら、僕はロクでもない人間になっていた。

教えられたことが、できていたかどうかは別として、それが大切なんだなということは薄々感じてはいた。

 

 

これから、さらに時代の進化が早くなるにつれ、先行きが見えにくくなり、人の不安が大きくなればなっていけばいくほど、この分野は大切になってくる。

その重要性は普通に考えれば、ごくごく自然なことだ。

 

現に本屋さんでは啓発コーナーは年々幅が増えている。

この現象は、それだけたくさんの人が自分の人生に迷っていたり、自分を磨きたいと思っていたりする証拠だ。

 

誰の心の中にも

「優しい心」「意地悪い心」「弱虫な心」「以外と強い心」「人をうらやんじゃう心」

色んな心がある。

 

その中で、優しい人は心の中のあったかい部分を出して生きてるし、意地悪な人は妬みだったり悪意だったり、それを表にして生きている。

 

とくに若いうちは周りで起こることだったり、他人の言葉に反応して、心がコロコロ回転していろんな部分が出てきてしまうが、色んな経験をしていくうちに心が定まってくる。

ということは、啓発とは本当にシンプルに考えると

 

自分の心のいい面を人に対して出せるように固定化する

 

ための訓練だ。

 

この「啓発」という科目がもっと一般的に認められる時代になったらいいなって切に思う。

 

まだまだ未熟で失敗だらけの自分ではあるけれど、一人でも多くの人たちが心を磨く重要性に気づいけば、絶対にもっといい世の中になると僕は信じている。

心を磨いて一人一人の人間が幸せになれば、世の中がもっと明るくなると信じてる。

だから僕はこれからも本を書いたり、セミナーをしたり、塾生たちと泣いたり笑ったりしながら歩いていく。

 

ちょっと哲学っぽい話になっちゃったかもしれないけど、今日も読んでくれてありがとう。

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