【生き方学】幸せに生きたいのなら、その遠慮をやめなさい。

永松茂久生き方学
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by 永松茂久

人から何かをしてもらったり、応援されたりすると妙に照れくさい気分になる。

そんなときがある。

「先生、ちゃんとみんなの気持ちを受け取ってください。失礼です」

って最近、塾生からおこられた。

あやまった。

 

僕は陽なた家という店を作って、ピーク時は年間で3000件をお祝いしていた。

人が喜んでくれることはものすごく楽しかった。

でも不思議なことに、このお祝いを重ねれば重ねるほど、自分がお祝いされることが苦手になっていった。

 

僕の周りには、仕事を通してたくさんの人たちの未来を切り開いたり、誰かが何かの門出の応援をする人たちが多い。

彼らや彼女らの姿はとてもかっこいいし、見ていて惚れ惚れする。

しかし、なぜかこの人たちも自分が応援される番になると、突然引っ込み思案な人になる。

「あなたは一体誰?」

と聞くたくなるくらいに。

まあ、彼らの場合はあまりにも人のことばっかりをやりすぎて、受け取るっていう大切なことをどこかに置いてきてしまったから、リハビリのように受け取る練習をすれば、その感覚は元に戻るからあんまり心配はいらない。

 

そうやって怒られた僕が人のことは言えないけど、最近の日本人は一億総受け取り下手みたいになってる。

褒められても受け取らない。

それどころか

「あんなに褒めるなんてなんか下心があるんじゃないのかしら」

なーんて流れになってしまうこともある。

逆に受け取り上手な人は、人が嫌味で褒めてることすら気づかずに、全部自分の都合のいいように解釈する技術を持っている。

 

この厚かましさは絶対にみんな学んだほうがいい。

 

日本人の謙遜の文化。これはとっても大切にすべき文化だと思う。

特にこの謙遜は江戸時代、つまり武士が時代を創ってたときに生まれたものらしい。

けど、この謙遜が文化になったのは、もうひとつ理由がある。

それは「自分の誇り」ってものをしっかりと同時に育ててた時代だったからこそ、謙遜ができたんだ。

 

自分の誇りって、いまの時代の言葉で言ってしまえば、自己肯定感が一番当てはまるかもしれない。

この自己肯定感があるからこそ、人は安心して謙虚にふるまうことができるのだ。

でも逆に、この自己肯定感が低いまま謙遜してたら、そりゃ謙遜じゃなくて単なる卑屈。稲もこうべを垂れるっていうけど、稲は最初「ピン」と天に向かって伸びる。

そしてその実が実って頭が重たくなるからこそ、ゆっくり垂れてくるんだ。

もともとこうべを垂れてたら、そりゃ病気の稲だ。

 

だからまずは少々

「あ、わたし、悪いことしてるかも。なんかドキドキ」

っていう中学生で不良に密かな憧れを持つ少年少女のように生きてみよう。

それくらいがちょうどいいんじゃないかな。

 

貰えるものはしっかりと受け取ろう。

人からの賞賛、だったり優しさもそう。

プレゼントもそうだしお祝いもそう。

ビジネスで言えば報酬とかもその一つに入ると思う。

あまり遠慮ばかりしてるのも相手に対して失礼だ。

「軽く褒めたのに、必要以上に謙遜されまくってしまった。そこまで重い気持ちでいったわけじゃないのに」

って相手から思われてしまうのも、なんかカッコ悪いじゃないか。

 

あまりにも受け取らない習慣ばかりが身についてしまうと、自然と自己肯定感が下がっていく。

本当はもっと幸せになりたいのに、受け取ることもできなくなっちゃって

「どうせ自分なんか」

っていじけてみたりとか

「なんであの人ばっかり」

って人をうらやんで落ち込んでみたり。

あー、めんどくさい。

僕も塾生に怒られた自分がめんどくさい。

 

そんなことで凹んだりしてる暇があったら、さっさと受け取っちゃってご機嫌に生きよう。

そのほうが自分も周りも幸せだ。

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