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永松茂久 一問一答

しげにい(永松茂久の通称)に20代の男の子がインタビューしました。

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しげにいについて

Q.なぜたこ焼き屋に?

A : 詳しくは、2011年夏に陽なた家を舞台にした漫画(感動の条件 〜序章〜)が出版されるので、そちらを読んでいただくと分かりやすいと思うんですが、小さい頃からたこ焼き屋になることが夢でした。 小学校のときに近所のたこ焼き屋のおばちゃんの所に弟子入りしたんです(笑)。 「日本一カッコイイたこ焼き屋を目指そう」「たこ焼きでたくさんの人を喜ばせたい」という思いを持ち続け、東京、大阪修行の後、2001年、26歳のときに3坪 のたこ焼き屋「天までとどけ。」をスタートさせました。

Q.どうやって今の陽なた家になっていったんですか?

A : 「天までとどけ。」はテイクアウトのお店だったんですが、テイクアウト店だとどうしても目の前でお客さんがたこ焼きを食べて喜んでくれる姿を見ることができなかったんですよね。
すごく人気もあってお客さんからは喜んでいただいていたんですが、ぼく達の中に段々と「もっと近くでお客さんの笑顔が見たいな」という思いがこみ上げてきて、2003年「天'sだいにんぐ 陽なた家本店」をオープンさせたんです。
現在は、大分県中津市で「陽なた家本店」と「夢・天までとどけ」の2店、福岡に「大名陽なた家〜桜ダイニング〜」と計3店舗を経営させてもらっています。

Q.小さな頃からの夢を次々と叶えていますね!

A : 全然そんなことありませんよ! 正直に言うと、夢をなくした時期もありました。たこ焼き屋になることがずっと夢だったのに、いざたこ焼き屋になったら夢が無くなってしまったんです。本当にきつい時期が続きました。
しかし、師匠である斎藤一人さんと出会い、一人さんから

「目の前のことを大切にしていくと、いつか必ず幸せに辿り着くよ」

と教えていただき、いったん夢探しをやめて、ただ目の前の人のためにやってきました。
すると、小さなたこ焼き屋から始まった片田舎のダイニングに、今では県外から年間一万人、そして名物のバースデーイベ ントには、口コミだけで年間1300件を超える予約をいただける店となり、今ではウエディング事業を始め沢山の事業が出来るようになったんです。

Q.「夢は大きく」とか「志を高く」という教えが多い中で、
 目の前のことをやっていくと道が開けるっていうのは何か不思議な感覚がします。

A : もちろん、色々な成功法則だったり、道の開き方っていうのはあると思います。
ただ、世界を元気にする、日本を元気にする、町を元気にすると言っても、よく考えてみるとその最小単位は自分自身じゃないですか。
なにか大きなことを企画するのも一つの方法なんですけど、それよりも自分が元気になって、そして目の前の人を元気にし て、仲間やお客さんを元気にして、それがだんだん放射線状に拡がっていく。

大きな組織を作って一気に変えようとするマクロ活性化に対して、僕はこの目の前からキャンドルライトのように元気が広がっていく方法を「ミクロ活性化」と呼んでいます。

ですからまず一番大事なことって、目の前の人に喜んでもらうことなんだって思います。

Q.目の前の人に喜んでもらう。その思いが道を開いていくんですか?

A : そうですね。最近出会いがちょっとしたブームになっていますよね。
「出会いで道は開ける」という具合にみんなすごい人との出会いを求めています。もちろん、出会いは大切ですし、ぼく自身、一人師匠をはじめとしてたくさんの方との出会いのおかげさまで今があることは確かなんですね。

ただ、一つお伝えしたいのは、出会いにウルトラCはないってことです。

出会いって言ったらどこかで、信じられないようなすごい人と映画やドラマのような出会いをすることだってイメージが多くの人にはあるんですよ。こんなことがあればいいですよね。
でもぼくはこう思うんです。それを運んでくる前に、あなたにその存在を知らせてくれた人がいましたよね。 人生出会い、出会いって言うけど、実は毎日が出会いの連続なんですよ。出会いはたくさん目の前に来ているんです。 ぼくにとって一番大切な出会いは陽なた家で毎日がんばってくれているスタッフであり、一緒に「FOR YOU」を目指している ファミリーです。

わざわざ遠くに行かなくても、まず目の前の人を大事にしてください。 目の前の人を大事にして、その人たちが凄くあなたのことを愛してくれたときに「そしたら、今度この人に会ってみなよ」 って勝手に出会いが広がっていくようになるんです。

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