マスターとメンターの違い

 

 

最近、いろんな場所で、「メンター」という言葉を耳にします。「メンター」という言葉はアメリカから来た言葉です。

 

アメリカ社会はどちらかというと、日本よりフラット型の人間関係を主とします。

 

どういうことかと言いますと、教える側、教わる側にあまり上下関係がないのです。

 

そう考えるとメンターは、「師匠」というより、「助言者」「アドバイザー」的な存在です。

 

「その分野で活躍している人にその要素を学ぶ」という形がメンターの基本スタイルです。

 

例えば恋愛のメンター、パソコンのメンター、コミュニケーションのメンターなど、分野分野で教えてもらうことで、自分のスキルを上げていくという、合理的な考え方がベースになっています。

 

これに対し、日本は少し形が違います。

 

お茶の世界、武道の世界、主に「道」がつくものが日本で生まれたものですが、この国の学び、修得においては、上下型の関係を主流の形としてきました。つまり、「師匠と弟子」の関係が中心だったのです。

 

酔拳

わかる人には懐かしい酔拳↑ ↑↑

 

あまりご存知ないかもしれませんが、最近ではメンターという言葉が主流ですが、その言葉が日本に持ち込まれる前は、啓発の世界で、師匠のことを

 

「マスター」

 

と呼んでいました。「マスターの教え」という、世界的ベストセラーになった本がありますが、このマスターは、バーのマスターという意味ではなく、

 

「師匠の教え」

 

という意味です。日本でいうと勝海舟と坂本龍馬、吉田松陰と松下村塾の塾生たちなどが、典型的な師弟の形でしょう。

 

 

おーい龍馬

「おーい、龍馬」より↑↑

 

 

龍馬勝

勝海舟と坂本龍馬↑↑↑

 

 

こうお伝えすると、

 

「マスターとメンターはどちらがいいのか?」

 

と思われるかもしれませんが、この存在はどちらも必要です。

 

単純に役割と責任が違うのです。

 

日本型のマスター、つまり師匠というのは学びが終わるまで、絶対的に自分の教えを強要します。「守・破・離」という言葉があるように、まずは基本を叩き込み、教え子が独り立ちできるまで面倒をみるのです。

 

その代わり、師匠は弟子の責任を負う使命を課せられますし、学ぶ側も師匠は基本的に一人です。

 

どちらかというと、親子に近い関係と思っていただけるとわかりやすいかもしれません。

 

これに対して、メンターはもうちょっとライトな存在と思ってもらうといいでしょう。親子というより、何かを教えてくれる友人関係みたいなものです。

 

ですから何人いても、それは学ぶ側の都合です。その代わり、あくまでその実行責任は学ぶ側にありますので、メンター関係の人に深い責任を追求することはできません。

 

日本とアメリカどちらのやり方が正しいのかを論じても仕方ありません。どちらに偏るというより、どちらも取り入れればいいのです。

 

どういうことかと言いますと、一人のマスターの他に、あなたが必要としていることに詳しく、専門的なことを教えてくれるメンターがその必要なことの数だけいれば、最高の形でしょう。

 

あなたに人生の指針を教えてくれるマスター、具体的スキルを教えてくれるメンターの存在は、あなたの人生を素晴らしいものに変えていきます。

 

あなたにとってのマスターは誰ですか?

あなたは何についてのメンターを必要としていますか?

 

 

今日のポイント…マスターとメンターの違いを理解する